痒みセンサーと角質層
掻くのは気持ちいいが、拡大すると厄介者
皮膚を掻く行為はクセになりやすく、また掻くことで痒みは強くなっていきます。しかし、それによって生活にとくに支障がなければ、私たちはたいして苦痛に感じないかもしれません。しかし、痒みが繰り返し起きたり、じっとしていなければならない場でも出るようになると、それを防ぐ方法を考えなければならなくなります。あるいは、掻きすぎて皮膚が痛みや赤みを帯びるようになってきたら、 いよいよきちんと対処する必要が出てきます。
傷は修復されても皮膚のかゆみ感度は高い状態に
前章でご紹介したように、掻破が繰り返されると、その場所では感覚神経の線維がのび、傷口となった場所付近に痒みセンサーが多く配置されるようになります。引っ掻いて出来た皮膚の傷は修復されても、伸びた神経とセンサーはそのまま定着します。ですから、やがて傷が塞がって、一見、元通りの皮膚になったように見えても、その内側では掻破される前とは異なった状態、かゆみセンサーがより外側に近くなって刺激を拾いやすい状態へと変わっているわけです。
強い痒みが同じ場所で起きるようになった場合、それまでその場所が何度となく掻かれてきた場所であれば、その部分ではちょっとした刺激をかゆみとして拾いやすい状態になっている可能性があります。
体を守る城壁 角質層
痒みをキャッチしやすい皮膚では、かゆみのセンサーが外側に対して角質層ひとつを隔てただけの位置にまで近づいていることがあります。皮膚は大きく2つの層、真皮層と表皮層にわけられ、表皮層が外側にあります。さらに表皮層は外側から、角質層、顆粒層、有棘層、基底層に分けられ、角質層が皮膚組織のなかで最も外側の層となります。いくつもの層で構成される皮膚組織のなかで、わずか一つの層で外側と隔てたところにまで神経が伸びているというのは、本来よりもかなり敏感な状態になっていると言えます。まさに角質層は体の内と外を隔てる最後の城壁といったところでしょう。この城壁に穴や隙間が開いていれば外からの刺激がダイレクトにセンサーに届くことになり、とたんにかゆみが発生することになります。敏感肌において角質層をいかに隙間なく保つかが過剰なかゆみを防ぐポイントになります。
角質層の構成成分
ではこの角質層について少し詳しく見てみましょう。角質層は基本的には死んだ細胞でできた、いわば皮膚を守るための皮膚、といったもので、下層の組織の水分保持をするのが主な役目です。
死んだ細胞はケラチンという丈夫な蛋白質でできていて、多少の水分を捕まえていられる構造をしています。これらの細胞の隙間を埋めるように細胞間脂質や天然保湿成分などという成分が混ざり合ったものが存在し、これらは油分と水分でできています。
角質層を構成するこれらの成分の関係はよくレンガとモルタルに例えられます。ケラチンを主成分とした死んだ細胞をレンガとすると、その隙間を埋める細胞間脂質や天然保湿成分などがモルタルです。レンガとモルタルがしっかり隙間なく積み重なっていれば、外からの刺激がダイレクトにセンサーに届くことを妨げることができるのです。
角質層が弱くなる理由
角質層がしっかりしていればかゆみの発生はかなり防げると考えられています。しかし、時として角質層は年齢や環境などにより比較的簡単にもろく弱いものになってしまいます。この原因は、そもそも構成している細胞が「死んでいる」ことに他なりません。
角質層の死んだ細胞は角層細胞というもので、細胞と呼ばれてはいますが既に核を失っていて細胞活動はしていません。角層細胞は核を失う前はもともとケラチノサイトという細胞でした。ケラチノサイトは、表皮層の一番下にある基底細胞という幹細胞から生み出され、核を持ち、細胞活動を行う生きた細胞でした。この生きている細胞だったときの活動で角質層に必要な様々な物質の元になるものを産生していたのです。しかし、生きた細胞の活動というのはそのときに与えられる栄養や酸素などの必要条件が十分充たされているかによっても左右されます。環境や老化あるいは心理的な面などからストレスを受けた状態だと新しい細胞の誕生を促すホルモンが減少したり、皮膚組織近くに流れる血流が細くなり栄養や酸素が届きにくくなります。すると、新しい細胞の産生や細胞活動が円滑に行われなくなり、皮膚に必要な成分の生成が少なくなってしまいます。結果、角質層の構成成分に影響が出てしまうということになるのです。
ケラチノサイトは誕生以降、次々新しく生み出される細胞に押し出されるようにして基底層、有棘層、顆粒層を経ながら成熟、最終的にケラチンを大量に含んだ角層細胞へと変化し、角質層へと到達します。角質層の角層細胞も多少の成分生成は行いますが、基本的にはその下にあったケラチノサイトが生み出したものが元になって角質層を構成します。内部の皮膚細胞の活動いかんで角質層はもろく弱くなってしまう可能性があるのです。
角質層を丈夫にするには
角質層の構成成分が十分にあると、本来の役割である内部の水分保持機能がきちんと果たされることになります。また角質層自体も水分を保持し、隙間のない壁となることができます。
しかし、角質層成分が充分でないと角質層の保水力は低下し、隙間ができやすくなります。皮膚内部の水分が失われやすくなり、また角質層のそばにあるセンサーも常に外からの刺激にさらされることになります。ちょっとした刺激でも強い痒みとして感じられたり、またその範囲も拡大しやすくなるため、できるだけ早く改善する必要があります。
このようなときに、まず行いたいのがスキンケアによる角質層への水分補給です。必要な成分が不足した角質層では単に水分を与えてもすぐに蒸散してしまいます。そこで、スキンケアによって角質層に長く水分を保持させられるもの、たとえば油分やグリセリンなどを水分と一緒に補うことで角質層の水分量を上げるようにするのです。
また角質層の上には、汗腺や皮脂腺から分泌された汗や皮脂が薄く広がっていて、それを皮膚の上にいる皮膚常在菌が代謝し作られる皮脂膜という見えないヴェールも存在しています。皮脂膜は正確に言えば、角質層とは別のものですが角質層の保湿を考えれば重要な要素です。
スキンケアでは、角質層や皮脂膜の成分をできるだけ本来の量になるよう調整しながら水分量を増やすことを目指します。
優れた保湿成分がたくさん開発されている
現在、スキンケア商品はとても多く製造されていて、ドラッグストアに行くと、実にたくさんの種類があります。値段も様々ですが、よく見るとその成分は様々です。
スキンケア商品は主に水分を主体とした化粧水やローションと、油分を主体とした乳液やクリームなどがありますが、それ以外にもさまざま新成分が開発され、各個人の肌の悩みや要望に応えられるよう商品数も多くなっているのです。自分の肌質に合いそうなものを見つけたら、まずは少量を使ってみて、使用感を試してみましょう。もし、自分の肌質に合うものが見つかったら毎日こまめにスキンケアをし角質の水分が保たれるようにします。角質が潤って簡単に刺激を通さないようになれば痒みがかなり抑えられるはずです。
【Column】スキンケアはできるだけ簡素に
スキンケア商品は食品のように消耗品なので買いやすく、売るほうにとっても売りやすい商品といえます。スキンケアの成分は基本的なものならばとても安価なので、メーカーは様々な機能を追加してユーザーの興味を引こうと努力しています。ものによっては機能よりも商品の品位づくりに重きを置いて、高額な商品ラインナップを展開しているものもあります。しかし、スキンケアが本来行うこと、そしてできることのほとんどは角質の水分をいかに多くし長く保つかなので、あまりにも高額なスキンケア商品は目的以上のお金をメーカーに支払っていることになります。 アメリカの皮膚科学会はホームページで、「予算に応じたスキンケア」を呼びかけ、メーカーの謳い文句にふりまわされず、自分に必要なスキンケア商品を選ぶよう呼びかけています。
センサーを刺激する物質
センサーが“刺激”として捉える物質がある
角質層のケアをすることで外部から受ける刺激をかなり軽減させることができる一方、もう一つ忘れてはならないものがあります。それは、前章でご紹介した神経伝達物質のような分子による刺激です。センサーはこういった分子を捉え、その化学的な構造から刺激を受けるしくみも持っているのです。私たちは、様々なかゆみを感じますが、実は同じかゆみでも働いている分子が異なっていることがあります。
「かゆみ」を起こす分子を知ろう
かゆみを起こす体内の分子にはいくつかの種類があります。
炎症を起こす「ヒスタミン」「プロテアーゼ」そして神経を刺激する「サブスタンスP」、さらにオピオイドペプチドのひとつ「βエンドルフィン」などです。
<アミン類>
ヒスタミン、セロトニン
<脂質>
プロスタグランディン類、ロイコトリエン類、血小板活性因子
<タンパク、ペプチド>
プロテアーゼ:トリプターゼ、カリクレイン など
サイトカイン:IL-2、IL-31、TNF-α など
タキキニン:サブスタンスP、CGRP、VIP など
オピオイド:βエンドルフィン、エンケファリン など
参考:日本顕微鏡学会「アトピー性皮膚炎と皮膚感覚受容器」(http://microscopy.or.jp/archive/magazine/46_4/pdf/46-4-233.pdf)
これらは、伝わるルートによって「末梢性」と「中枢性」に分けられます。
上記のうち、とくに代表的な4つを分類してみましょう。
【末梢性のかゆみ】
ヒスタミン(皮膚組織の肥満細胞から放出)
プロテアーゼ(皮膚組織の肥満細胞から放出)
神経ペプチド(サブスタンスP)(皮膚組織の神経末端から放出)
【中枢性のかゆみ】
βエンドルフィン(エンケファリン)(皮膚のケラチノサイトや脳下垂体で分泌)
これらの物質は、自由神経終末の受容体に結合し、知覚神経C線維を伝って、大脳皮質へと投射され、かゆみとして認識されます。
精神的ストレスからもかゆみがおきる
ストレスを受けると脳はそれに対抗するために下記のような反応が次々に起こり、体の各部で対応するための体制がとられます。
このなかに、アトピーのかゆみに関わるとされるものがいくつも見受けられます。
たとえばβエンドルフィン、さらに交感神経が活性化です。
βエンドルフィンが多すぎたり、交感神経が過剰に働きすぎるとかゆみが発生します。
アトピーの痒みの発生にはストレスに対する脳の反応が過大すぎることが要因になっている可能性があります。
大脳皮質がストレスを感じ神経伝達物質を放出
↓
視床下部がキャッチし、さらにCRH(副腎皮質刺激ホルモン)が分泌
↓
これにより、脳下垂体と自律神経が発動、脳下垂体ではβエンドルフィンと、ACTHが分泌、自律神経では交感神経が刺激され、ノルアドレナリンが放出される。βエンドルフィンは血漿中に入り、体の各部の受容体へ
腎不全、肝不全でも中枢性のかゆみが発生する
βエンドルフィンは体の各部に存在するμ(ミュー)受容体にキャッチされ、その刺激が脳に伝わり痒みとなります。 さて、透析や腎不全、肝不全の患者の方のなかには耐えられないような全身の皮膚に痒みに苦しめられる人がいます。 原因は不明ですがμ受容体が優位となることで、このような痒みが生じると考えられ、時として痛みよりもQOLを低下させてしまうことがあります。中枢性のかゆみであるため、抗ヒスタミン剤や保湿剤は効かず、μ受容体と拮抗関係にあるκ受容体に結合するアゴニストであるナルフラフィン塩酸塩という薬を使用することでかゆみが治まります。アトピーでも中枢性のかゆみが強い場合には、この薬が有効であると考えられています。
代表的なかゆみ物質「ヒスタミン」の役割
センサーが反応する物質にはいくつかの種類がありますが、なかでも代表的なものが「ヒスタミン」という物質です。
ヒスタミンは炎症を引き起こす物質で、肥満細胞(マスト細胞、顆粒細胞ともいう)という細胞のなかに格納されています。肥満細胞は体の様々な器官の組織に存在しますが、とくに皮膚組織には多く存在します。もともとは血液の細胞と同じ骨髄で生まれますが、血中へと放出されたあと体内を巡りながら様々な組織へと辿り着き、定着して炎症物質を格納した肥満細胞へと成熟していきます。肥満細胞は免疫のうえで、いわば火薬庫で、外敵の侵入経路になりやすい場所によく見られます。外敵の侵入を感知した神経細胞や免疫細胞から指令をうけるとヒスタミンを放出する機能があり、放出されたヒスタミンは周囲の血管を広げ、血管壁の透過性もあげて免疫細胞を呼ぶ働きをしたり、感覚神経を刺激して強い痒みを起こし、引っかき行動が惹起します。体の免疫の力を一気に呼び起こして、一刻も早く排除しようとしているのです。
かゆみ物質対策なら医薬品
神経伝達物質やヒスタミンのように体内で生成された物質によるかゆみは角質層をケアしても発生します。角質層の破綻だけでなく、内部の免疫システムによる炎症まで発生している場合、もはやスキンケアだけではかゆみは治まりません。また、肥満細胞はヒスタミンのほかにも、ロイコトリエンなど複数の痒みを起こす物質を生成します。肥満細胞がこれらのかゆみ物質を放出しやすい状態にある場合、角質層へのスキンケアだけではかゆみや炎症はどんどん拡大していってしまいます。痒み物質の放出や働きを抑える医薬品を使ってみたり、皮膚科に受診してみるなど早めにケアを行いましょう。
下記にドラッグストアで手に入りやすい皮膚薬の代表的な成分名と働きをご紹介します。軽度の症状ならこういったものを使ってみるのもいいかもしれません。
<かゆみに対処する成分>
・抗ヒスタミン成分
(ヒスタミンがセンサーにキャッチされるのをブロックする)
ジフェンヒドラミン塩酸塩など
・局所麻酔成分
(末梢神経細胞の刺激の発生と伝わりを抑える)
リドカイン、ジブカインなど
・鎮痒成分
(かゆみを感じにくくする)
クロタミトン
・冷感局所刺激成分
(かゆみの感覚を抑える冷感を加える)
カンフル、メントールなど
スキンケアと痒み物質対策を続ければ痒みの感度を下げられる
スキンケアによる肌への水分補給と、薬などによるかゆみ物質への対処をこまめに行えば、皮膚組織の新陳代謝に伴って、角質層近くまで伸びた神経繊維はしだいに本来の長さに戻り、痒みの閾値、つまり感じやすさも本来のレベルまで下げられていくと考えられています。自分にあったスキンケアと医薬品の力を借りて、かゆみに邪魔されない生活をキープすることが大切です。
まずは非ステロイド薬を、それでダメなら受診を
一般的に、市販のかゆみ・炎症治療のための塗り薬は、大きく、ステロイド薬と非ステロイド薬に分けられます。 ステロイドとは、傷を治すときに、私たちの体内で生成されるホルモンと同じ成分で、大変よく効き、安全性も高いのですが、副作用が無くはありません。 ですから、選ぶ順番とすれば、まず非ステロイドの塗り薬から、ということになります。 非ステロイドのものにも、保湿メインのもの、抗ヒスタミンがメインのもの、過敏になった神経を鎮めるものなどがありますが、それらがかゆみの原因にきちんとヒットすれば十分効果があります。 非ステロイドで炎症やかゆみが治らない場合、その薬の成分では対応できない分子が患部で働いていることになります。 そこで、いよいよステロイド薬が選択の範疇に入ってきます。 ステロイド薬にもいろいろあって、ドラッグストアで簡単に購入できるものと、医療機関でしか購入できないものがありますが、私はステロイドが必要になった時点で、一度医師の診察を受けるべきだと考えています。 非ステロイド薬で手に負えない分子が炎症を起こしている場合、まれではありますが、その分子の発生源が皮膚ではない場合もあるからです。 かゆみをあなどってはいけないのです。
注意!アトピーは非ステロイド薬で悪化する
湿疹が治らない…アトピーかな?と思ったら医療機関で正確な診断を
しつこい痒み、湿疹…。スキンケアをしているのに皮膚炎がいつまでもが治らなかったり、一度治ってもしばらくするとまたぶり返してくる、という場合、「これはひょっとしてアトピー!?」と疑いたくなりますね。今や、国民の3人に一人がなるというデータもありますから、誰がいつなってもおかしくありません。しかし、安易に自己判断せずに、かならず専門家に相談するようにしましょう。アトピーに似た皮膚症状を示す疾患は実は意外に多くあります。必ず医療機関で正確な診断を受けましょう。