第1章:皮膚に炎症が表れる理由

アトピーの原因探求から見えてくるもの
トラブルを起こしやすい肌は、もともと敏感肌であったり乾燥していることが多くあります。これに炎症が発生すると、比較的簡単に重症化、慢性化してしまいます。実は、もともとあった敏感さや乾燥こそが、すでに皮膚や皮膚バリアの形成に支障が出ていることを示しています。アレルギーやアトピー性皮膚炎の研究から、これら皮膚形成の異常や炎症の発生を導く要因が明らかにされつつあります。
●皮膚形成に問題を生じやすい条件を持っている
いわゆる「皮膚が弱い」という体質を持つ方にあたります。皮膚の組織やバリア機能の中に問題があって、結果的に外からの刺激や侵入を受けやすいと考えられています。
これにはまず、遺伝的に皮膚の組織やバリア機能形成で問題を生じやすい人が該当し、近年話題になった「フィラグリン遺伝子の変異によるもの」が例に挙げられます。皮膚組織の構成成分の1つであるフィラグリン(角質層で潤いを守る成分のもとになるもの)の形成ができない、あるいは少ない方です。
次に、ホルモン分泌の変化などが起因している人が挙げられます。皮膚組織の新陳代謝は血中を流れるホルモンを受け取ることで行われます。したがって血管や血流の状態、ホルモンの分泌量などが重要になります。これらは男女差が大きく、特に変動の大きい女性ホルモンに新陳代謝を支配されている女性は、その影響で男性よりも皮膚に問題が起きやすいとされています。ホルモンバランスは年齢によっても異なり、思春期や、更年期など、ホルモンバランスが大きく変動する時期にから突然敏感肌になる人もいます。
また、ホルモン分泌は、自律神経と深く関わっていて、その影響を大きく受けます。たとえば、ストレスや運動不足、睡眠不足、季節の変わり目に訪れる急激な温度変化などによって自律神経バランスが乱れると、ホルモンの分泌も変動して、肌が乾燥したり敏感になったりします。
●皮膚に必要な栄養が足りていない
排出器官でもある皮膚は、摂取した栄養状態が表れやすい場所でもあります。主な構成成分であるタンパク質はもちろんですが、細胞の代謝に必要なビタミンやミネラルが足りない場合でも症状として顕著に表れます。また、現代人の食生活は摂っている油脂の質が偏る傾向があり、これも細胞の質を悪くして炎症が起きやすくなっている、との指摘もされています。
●未消化物によるアレルギーは皮膚に表れやすい
臓器や腸管が未熟な新生児期から小児期は、食べ物の消化過程が不完全な状態になることがあります。また、必要な栄養物と有害なものとを区別する「経口免疫寛容(※)」もまだ完全に機能していないため、アレルギーが発症しやすいとされています。食べ物に起因するアレルギー症状は激しく、皮膚にも表れやすい傾向があります。
(※)経口免疫寛容……外部から入ってきたものすべてに排除反応をするのではなく、口や食道、腸管など消化器を通して入ってきた食べ物など体のために取り込まなければならないものについては、排除反応をさせない力のことです。
大人の場合でも内臓や消化器系の不全があったり、腸内環境が悪化すると、小児と同じように食べ物の消化過程で問題が起き、血管内に栄養とならないものが入ってアレルギーの原因となります。
●免疫バランスに偏りが生じている
 体を守る免疫が、炎症を招きやすいバランスで働いていると、ささいな刺激や侵入物に対して過剰に反応しやすくなり、アレルギー症状を起こしやすくなります。免疫のバランスは、免疫のなかで働くさまざまな細胞の勢力バランスを反映していると考えられていて、偏って大きな勢力を持つ免疫細胞があると、その働きが強まり、アレルギー症状として表れやすいと考えられています。免疫バランスは遺伝的な条件で形成される部分もありますが、環境やライフスタイルなどによっても変化します。
アレルギーのしくみ
では、炎症が繰り返し起きる理由はどこにあるのでしょう。これについてもアレルギーのメカニズム研究からさまざまなことが分かってきています。
●アレルギー反応の発端は異物の侵入
そもそもアレルギー症状の発端は体内への異物の侵入です。ここでいう異物とは、たいてい私たちの目には見えない小さなもので、私たち自身では侵入を防ぎきれません。
しかし、このようなミクロなものでも放っておくと、あとあと体に害を及ぼす場合もあるため、私たちの体に備わる「免疫系」というシステムが体内を常に監視しています。対処が必要な異物が確認されれば、免疫系は自動的に体内で対処してくれているのです。
さらには発見した異物を単に処理するだけでなく、その異物のデータまでを取っておくような、いわば学習機能があります。この機能により、繰り返し入ってくるようなものや対処を急ぐ必要があるものが確認されると、より効率的な対応を始めます。この効率的な対応を人体は何通りも持っていて、次に該当の異物が侵入してきた時には、きわめて素早い対処が可能になります。
ところがこのシステムには問題点があり、時に自動的な処理が過剰になったり免疫系の様々な経路を誤動作させたり悪循環させたりしてしまうことがあります。これがアレルギーの症状となります。
アレルギー症状は、免疫が過去にその異物の処理を経験し、より強力な対応策が必要だと判断した結果、発症するのです。
●免疫の中枢が判断する異物への対処方法
では免疫の判断とは、具体的にどのように行われているのでしょうか。
私たちの体内に最初の異物が侵入した時、これを処理するのは多くの場合、異物を食べてしまう免疫細胞です。この細胞は体の中を常にパトロールしていて、異物を見つけると食べて機能しないようにしてくれます。この仕組みを「細胞性免疫」と呼びますが、人間以外でも多くの多細胞生物に見られるものなので、「自然免疫」の1つとしても数えられます。
細胞性免疫が異物を処理したあと、免疫の中枢には異物の情報が集められ、その情報の中にしつこかったり危険な異物が確認されれば、それに応じた対抗手段が準備されます。
免疫の中枢とは、脳や体の各部に存在するリンパ節、体内を自由に移動する貪食細胞などが神経や血管を介して連携したかたちとなって働いています。リンパ節や胸腺といった器官には外敵の侵入に待機している免疫細胞が集まっていて、届いた異物の情報に応じ体制作りをしています。
体制作りに関わる免疫細胞たちは一見似ていますが、個々に違った役割を持っています。これらの細胞の成り立ちや働きにはいまだ不明な点も多くありますが、アレルギーで特に重要視されているものに2種類の細胞(Th1細胞とTh2細胞)の関係性があります。
これらは異物に対して取る手段が違っていて、Th1細胞は細胞性免疫による処理を、Th2細胞は異物の型を用いる方法を誘導します。異物の型というのは「抗体」というタンパク質で、抗体を用いる免疫のことを「液性免疫」と呼びます。2種類のタイプの細胞たちは、ほぼ同等の勢力を持ちながら互いに拮抗しあう関係にあり、届いた情報によって細胞性免疫や液性免疫を適宜発動させて体を守ろうとしているのです。
(※)Th1細胞とTh2細胞とは……白血球の一種「T細胞」の中の1つ「ヘルパーT細胞」に属します。ヘルパーT細胞の中で「1型」とよばれるものを「ヘルパーT細胞1型」あるいは「Th1細胞」と呼びます。同様に2型についても「ヘルパーT細胞2型」あるいは「Th2細胞」と呼びます。他には「Th17細胞」などがあります。
●準備体制の偏りがアレルギーを招く
アレルギー症状を持つ方の多くは、この2種類の細胞の勢力バランスに偏りがあることが分かっており、これがアレルギーの発症しやすさの根本的な原因になっていると考えられています。
つまり、拮抗しているからこそ適切な判断ができるはずだった両者のバランスに偏りが生じて、その結果、液性免疫ばかりが選ばれやすくなりアレルギーを発症し、またその度合いも激しくなりやすいと考えられているのです。
さらに免疫の中枢には、捕らえた異物をどのくらいやっつけたか、いまどんな状況かという異物処理における情報が届けられます。この情報から反応の程度を加減しながら、やがては収束させていきます。
ですが勢力バランスの偏った免疫系では、状況に応じた調整がされにくくなり、終わるはずの免疫反応がいつまでも繰り返されてしまうと考えられています。
液性免疫は抗体を使って炎症を起こし異物を処理するため、時として異物以外の部分まで炎症がおよび害されてしまいます。その度合いが強くなれば、異物処理どころか自分自身の体が傷つき、これがアレルギー症状となります。
炎症が繰り返されていくと、その部分の神経も過敏になり、傷ついた組織の修復も間に合わなくなっていきます。弱くなった患部は、さらに新たな異物の侵入や刺激を受けやすくなり、最終的には液性免疫だけでなく細胞性免疫も活発に働いて炎症が拡大してしまいます。
実際、多くのアトピー性皮膚炎患者の血液や患部を調べると、炎症を起こす仕組みが二重三重になり、激しいかゆみと慢性化に陥っていることが伺えます。その最も根源的な原因として、「免疫系の体制の偏り」があると多くの医師や研究者が考えています。
免疫バランス構築の鍵を握る免疫細胞たち
●幼少期の「細菌感染」が免疫バランスを調整する
Th1/Th2のバランスは、同等あるいはTh1勢力が少し優勢になるくらいが正常な免疫体制と考えられています。生まれたばかりの新生児ではTh2が圧倒的に優勢になっていますが、成長する間に環境や習慣など外部からの様々な刺激を受け調整されていきます。
免疫バランスを調整する外部からの刺激とは、最も大きな作用をもたらすのが菌による感染だと考えられています。
その過程を胎児期にまで遡って辿ってみましょう。
母親のお腹にいる間、基本的に胎児は菌にさらされる心配がありません。母体が菌から守ってくれていますし、むしろ母親の免疫反応によって胎児が異物として排除されてしまう危険性のほうが高くなっています。そのため「Th2優位でいることが必要なのでは」と推測されているのです。
出産後、母体から外に出ると、そこは細菌や微生物で溢れかえる世界で、これまで出会わなかった危険と対峙することになります。母乳を通して母親から免疫物質をもらって体を守りながら、よい菌をたくさん、何もしない菌や悪い菌も少し受け入れられるようになり、菌との付き合いが始まるのです。
やがて少し成長し行動範囲が拡大するにしたがって、もっと悪い菌や微生物と出会うこともありますが、それも経験しながら情報を蓄えてTh1勢力を育て、少しずつ環境に適合していくのです。
ところが衛生的になった現代社会では、「適度な菌や微生物の感染を経ることなく、大人にまで成長してしまう人が多くなった」と考えられています。家畜、土、植物などに触れる機会が減ったことも一因とされています。
感染という刺激を受けて増えるはずだったTh1勢力は充分拡大せず、Th2側に偏った勢力バランスのまま大人になってしまい、結果、アレルギーを発症しやすい体質を獲得してしまっていると考えられているのです。
●注目される新たなヘルパーT細胞
近年の研究では、Th1とTh2の働きのうえに、さらに別のヘルパーT細胞も複雑に関わって、様々なアレルギー反応を導いていることがわかってきました。特に注目されているのが、Th17と、Tレグと呼ばれるものです。
Th17は、乾癬やリウマチなどの自己免疫疾患にも関わっていて、強い炎症を誘導する働きがあります。Th17の働きを抑えると症状が軽減される研究結果も発表されています。
一方、もうひとつのヘルパーT細胞、Tレグは「制御性T細胞」とも呼ばれ、過剰な免疫反応を抑える働きがあるとされています。これら新たに発見されたものも含め、免疫細胞の働きを抑制したり、あるいは促進することで症状を軽減させる方法が模索されています。

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