成長後の免疫バランスは腸で調整される
Th1/Th2バランスは基本的に成長期の間に調整され、成長後には大きな変動はしにくくなると考えられています。その根拠として「胸腺」の働きや変化が挙げられます。
胸腺とはその名のとおり胸の位置にある器官で、この中に骨髄で作られた新しいT細胞がやってきます。新しいT細胞は免疫系の中で働く細胞としては未熟で、将来、免疫の最前線で指揮官として働くための厳しい審査や試練を受けます。胸腺はいわばT細胞にとっての訓練学校で、免疫のなかで重要な役割を担うために必要な刺激は、ここにいる間に受けるのです。やがて、細胞たちは胸腺を巣立って体の各部で配置につき、最終的にTh1やTh2へと変化して侵入物への対処にあたるのです。
胸腺は主に子どもの時期に働く器官で、大人の体では働きがだいぶ弱まり大きさも小さくなってしまいます。そのため、大人になるまでの活発に働く期間こそが〝基本的な免疫のバランスを整えるための重要な時期なのではないか〟と考えられているのです。
しかし、胸腺以外にもT細胞を訓練する場所があることが、これまでの研究で分かっています。成長期を過ぎてしまった大人の体でも、ある程度Th1/Th2バランスが補正できるのは、このような胸腺以外の場所があったおかげです。
いくつかある胸腺以外の器官のうち、最も重要な場として挙げられるのは「腸」です。腸は単に食物の消化吸収をする場としてだけではなく、免疫においても非常に重要な役割を担っているのです。
腸管には入ってきたものに対し危険な侵入者か、あるいは栄養として摂り込んで良いものかを監視し判断する仕組みがあります。この仕組みを「腸管免疫」と呼びます。
成長した大人の体では免疫系として働く細胞のうち、およそ6割が腸管に集まっているとされ、腸が主体的な免疫の場であることが分かっています。
腸に存在する免疫器官の中にも、若いT細胞が刺激を受け取る場所があります。胸腺ほどの勢いはありませんが、刺激を受けTh1やTh2細胞となっていくものもあるため、この腸管の機能を利用することでアレルギー体質の改善ができると考えられています。Th17やTレグについても、腸管免疫を介した調整方法が模索されていて、腸はアレルギー症状の緩和の上で非常に注目されています。
腸からのアプローチにおいて重要なポイント「腸内細菌叢」
腸管内は腸管壁から分泌された粘液に覆われています。粘液に家族との接触や食べ物などを介し、腸管内で生きていける菌が棲みつきます。
やがて多くの細菌がひしめくように繁殖して、腸内細菌叢を形成、腸管内を覆います。健全な腸内細菌叢を育んだ腸管内では、食べ物の消化やビタミンの生成、そして食べ物の中に危険な存在が混ざっていないかも監視しています。腸内細菌叢なしに腸管は正常に機能しないのです。アレルギー症状の緩和に向けたアプローチを行う上でも、腸内細菌叢は重要視しなければならない存在です。
一般に私たちの体に棲みつく菌は「常在菌」と呼ばれます。常在菌は働きによって、善玉菌、悪玉菌、日和見菌に分けられます。
①人体にとって良い働きをする菌を善玉菌
②悪い働きをする菌を悪玉菌
③どちらでもないが、勢力が拡大した方に加勢して働く菌を日和見菌
腸管以外にも私たちの体には多くの菌が棲みついていますが、人体のどの部分で形成される細菌叢でも、必ずこの三者が入り交じって構成されています。善玉菌だけで構成されるよりも、悪玉菌や日和見菌が一定の割合で混在するくらいのほうが健全な細菌叢だといえます。
腸内細菌叢の薄さがアレルギーを招く
近年行われたある調査の中に〝アレルギーを持つ人の腸内では細菌叢を構成する細菌数がアレルギーのない人に比べて少なかった〟というものがあります。また、アレルギーを持つ人の便はそうでない人に比べて少ない傾向があることから〝腸内細菌叢そのものが量的に少ない状態にある〟ともされています。〝バランスだけでなく質的、量的に充分でないこともアレルギーを招く要因になっている〟と考えられています。
細菌叢の豊かさとアレルギーの発症に関係があることは、このような調査以前からも推測されていました。その推測の元となっていたものが「抗生物質の使用後にアレルギー症状が悪化する」という報告の多さです。
抗生物質は感染症の原因となっている菌を殺すために用いられますが、一緒に常在菌の一部も殺してしまうことがあり、服用後に全身の細菌叢バランスに影響が出る場合があります。
特に悪いのが善玉菌が死んでしまい悪玉菌が残った場合で、それまで善玉菌によって勢力を抑えられていた悪玉菌が一気に勢力を拡大させます。細菌叢の様相は一変し、抗生物質によって感染症の原因であった菌は死んでも、本来の常在菌バランスが崩れたことによって新たな症状の発症に繋がってしまいます。
このため抗生物質の服用の際には、善玉菌を増やす薬も一緒に処方されることが多くなってきました。細菌叢の状態と免疫がどのように関わっているのか具体的なメカニズムには多くの謎が残ったままですが、このような対処が必要であることは広く認識されるようになってきたのです。
ところで腸内細菌叢の悪化は、何も抗生物質だけでもたらされるものではありません。現代人の多くが腸内環境に何らかの問題を抱えているともいわれていますが、抗生物質を飲んでいる人ばかりではありません。
では何が原因かといいますと、様々な研究や統計から現在〝原因の多くは生活習慣の中に潜んでいて特に食べ物が大きく関係している〟と考えられています。
健康と食習慣に相関関係があることは多くの人が経験的に知っていることです。近年ではさらに科学的な分析を加えて、よりよい食べ方や食べ物を多くの国や企業が研究していますが、その結果から導かれる1つの答えがあります。それは各人種や民族が長く暮らしてきた風土で培ってきた食生活こそが、最も効率的な栄養摂取につながっていることが多いということです。日本で行われた研究でも、日本人の長い腸で豊かな腸内細菌叢を形成するのに日本の食材が効果的であることが分かっています。
しかし、現代社会では生活が多様化し、食事のスタイルは変化して、必ずしも日本人だからといって日本食を食べてはいません。食材の種類についても昔と比べてかなり増え、加工済み食品など手軽に食べられるものが選ばれやすくなっています。本来、日本人が多く食べてきた野菜や、手間のかかるもの、例えば乾物などを、なかなか食べなくなってきているのです。
野菜や、乾物によく利用される豆類、海藻類などは食物繊維が豊富で、このような繊維の豊富な食材を食べてきたことが日本人の腸を長くした、と考えられています。長くなった分、多くの腸内細菌を棲まわせなければなりませんが、繊維の多い食材がそれを助け、日本人の免疫系を培ってきました。
しかし、戦後に一気に進んだ食生活の変化で繊維の多い食材が減り、その変化とともにアレルギー罹患率も増加しました。食と免疫が密接に関わっていることを誰もが感じるようになり、日本人と日本食の関係が改めて見直されるようになってきています。
消化液やホルモンの分泌力にも注目する
腸内細菌叢は食べ物の内容によって大きく影響を受けます。しかし腸内細菌叢が直接出会うのは、食べ物そのものではありません。咀嚼されたうえ、さらに様々な消化液が加わってドロドロになった混合物です。
私たちは食べ物を飲み込んだあとの消化の様子を目で見ることができないので日頃あまり意識しませんが、食べ物が消化器内に入るたびに、実はかなりの量の消化液が分泌されます。
消化液には唾液のような穏やかな作用しかもたないものもありますが、胃や腸で分泌される強烈な酸やアルカリの成分を含んだものもあります。食べ物はこれらと混ざり合うことで、最初に口にしたときとは化学的に大きく異なったものへと変化します。
やがて腸管にまで送られ腸内細菌叢と出会うのですが、このとき腸内細菌叢は混合物の成分しだいで大きく変動します。つまり腸内環境の改善には、食べ物だけでなく消化液についても注目する必要があるのです。
もう1つ注目すべきものに「ホルモン」があります。ホルモンもまた消化器系に働きかけ、腸内細菌叢にも影響します。消化液やホルモンのような、体内で生成した物質を新陳代謝に利用する仕組みを「分泌系」と呼び、このうち消化液のように分泌腺から分泌される仕組みを「外分泌」、ホルモンのように血流にのせて分泌物を運ぶ仕組みを「内分泌」と呼んで区別したりしますが、これらの分泌物が十分にあることによって、体の新陳代謝が円滑に進みます。アトピー体質の方の体ではこれら分泌系に弱さや問題があり〝腸内環境の悪化だけでなく免疫の問題にも直結している〟との指摘もされています。
消化液やホルモンの分泌力は、それらを生成する器官の働きに比例します。特に内臓がよく働くことが消化液やホルモンを十分に働かせるために必要ですが、このために食べ物から得る栄養分が必要になります。
本末転倒な話になってしまいそうですが、実際、腸内環境の悪化の根本原因として、食べ物選びよりもむしろ内臓の働きの低下が先にある場合も決して少なくありません。つまりは腸内細菌叢と内臓の働きの両方をしっかりとケアできる栄養摂取をすることが、腸内環境改善への近道になるといえるのです。
炎症を抑える栄養素を積極的に摂る
炎症を抑えたり免疫を調整する働きがある栄養素も次々に発表されていて、積極的に摂ることも大切です。
特にアトピーで注目されているのが「ビタミンD」です。本来ビタミンDは体内で合成することが可能なため、不足することはあまりないと考えられてきました。摂取量の上限値も設けられている脂溶性ビタミンの一種で、私が栄養学を学んでいたころは、むしろ過剰摂取に注意しなければならないタイプの栄養素でした。ところが近年の研究では、ビタミンDの多様な機能が発見され、過剰な炎症反応を抑制する方向に免疫を調整する作用が特に注目されています。ビタミンDの必要量は個人によって大きく異なる可能性があり、これまで設定されてきた上限値は、もっと幅をもったものに見直されるべきとする専門家もいます。
さらにミネラル、特に「マグネシウム」の補給は痒みや炎症の原因物質であるヒスタミンが細胞から放出されるのを抑える働きがあるとされています。消化酵素の働きにも関わっているため、鉄やカルシウムと同じようにもっと注目されるべきミネラルだといえます。
他にも様々な栄養素がアレルギー改善に有効です。腸内環境の改善に加えて、このような栄養摂取を心がけると、より早い改善が期待できます。
自律神経とアレルギー
食生活の改善と並行して行いたいのが、自律神経バランスの調整です。自律神経とは私たちの体のリズムを司り、活動と休息のバランスを取って体の健康を保つ仕組みの中枢となっている神経系統のことです。
自律神経には交感神経と副交感神経があり、交感神経は体が活動しようとする時に活発に動けるよう支援し、副交感神経は体が休もうとしている時に体を休息モードにしてメンテナンスを促進する働きを持っています。この2つは、いわば両極のモードを司っていますが、働きの強さや量はできるだけ同じ分量にならなければ、自律神経全体としてのバランスが崩れてしまうことになります。例えばたくさん活動した日の夜には休息もたくさん必要になります。交感神経が強く働いたあとは、その分、副交感神経が働く時間も重要になるのです。
自律神経バランスは免疫系の働きにも作用することが分かっていて、交感神経、副交感神経のどちらの働きが強すぎても、何らかの不調が表れてきます。アレルギーにおいては、特に副交感神経の働きが過剰になることで起きやすくなると考えられています。
一般的にアトピー性皮膚炎を含むアレルギー症状は夕方頃から悪化しやすいとされていますが、この時間帯はちょうど日中の活動で交感神経が緊張していた状態から副交感神経によるメンテナンスモードに切り替わるタイミングです。
メンテナンスモードでは免疫系が活発に働き出し修復が行われますが、この働きが強すぎると肥満細胞という炎症物質を抱え込んでいる細胞を刺激し、過剰に放出させてしまいます。
肥満細胞は体内の各所にあって、例えば皮膚組織にある肥満細胞が炎症物質を放出すれば、その近辺の皮膚に炎症が発生します。副交感神経の働きが過剰に強くなっていると、その分、炎症反応が強くなると考えられているため、自律神経バランスを整えて過剰な炎症が起きないようにすることも、アレルギー症状の改善には重要であるとされています。
[コラム]海外ではアレルギーにおけるカンジダ対策は常識
平成26年「抗生物質の服用によって増殖した腸内の真菌(カビ)が喘息を悪化させるメカニズム」についての研究発表が、筑波大学と科学技術振興機構の共同で行われました。
この発表で明らかにされたのは、抗生物質の投与によって腸内細菌叢の変化が生じた腸内で、常在菌の一種である「カンジダ」が繁殖、プロスタグランジンE2という物質を生成して肺に存在する免疫細胞を刺激し喘息を起こすというもので、アトピー性皮膚炎や花粉症についても、このメカニズムで説明できるものがあるとしています。
カンジダという菌は真菌、つまりカビ菌の一種ですが、ごくありふれた菌で私たちの体にも見られ、常在菌の1つにも数えられています。細菌叢の中では日和見菌に属するとされていて、特別な働きはしていないと考えられていました。しかし研究では、抗生物質の服用で他の菌の勢力が低下した腸内で日和見菌だったカンジダが暴れだし、アレルギーに繋がっていることが分かりました。
現在アレルギー症状の悪化に常在菌が関わっている場合があること、さらに、その常在菌の悪玉化には腸内環境の悪化が原因となることが広く知られるようになり、改めて健全な腸内細菌叢形成の大切さが認識されています。その一方で「カンジダ」という菌自体も非常に注目されています。
海外ではカンジダの害が古くから知られ、口角炎や食道炎、女性の膣炎など多くの症状に関わることが分かっていて、食事による対処法やサプリメントなどがいくつもあります。
アトピー性皮膚炎に関わっているとの推測も以前からされていて、カンジダ対策を行うことで皮膚炎の症状が軽減する場合があるとも分かっていました。
医療現場では、症状の原因にカンジダが関わっていると疑われる時、患部の細胞を採取・培養します。カンジダは体のどの部分でも発見されるので、仮に患部で発見されても直接の原因となっているかどうかは分からないのです。
カンジダは二形型の菌で、周囲の状況などに応じて2つのパターンの姿を持ちます。人間の体内から採取されたカンジダは、病原性を発揮していない時は酵母型といって丸い形をしていますが、炎症箇所などから採取されるカンジダは菌糸型といって、糸のような菌糸を延ばしています。
上:酵母型 下:菌糸型
培養の結果、酵母型であれば通常問題はなく、菌糸型であることが確認された場合に病原性があると判断されます。悪玉菌として人体を侵す時、カンジダはこの菌糸を延ばし組織を傷つけているのです。
腸内細菌叢が薄くなった腸内で悪玉化したカンジダが繁殖する時も、菌糸によって腸管壁を傷つけています。腸管内では炎症が起きやすく本来の機能が弱まり、酵素の働きも小さくなって食べ物の消化にも影響が出るようになります。充分な消化ができなければ、食べ物は栄養にはなりません。つまり、腸内のカンジダ繁殖は栄養摂取にも影響してくるのです。
さらに悪いのは、充分に消化されなかった食べ物のタンパク質が傷ついた腸管から漏れ出てしまうことです。私たちが持つ免疫システムは、体内で体の細胞以外の異物を見分ける時、主にタンパク質を指標としています。体の細胞とは異なるタンパク質は異物として排除対象になるため、当然、漏れ出た未消化物に対して免疫反応が起き、アレルギー症状に繋がります。こうして起きるアレルギー症状には、急激で激しい反応ではなく、静かに進行し一見アレルギーとは関係ないような様々な不調に繋がっていくものがあるとされ、非常に注目されています。
欧米では、このような漏れやすい腸のことを「リーキーガット」と呼び、これによって起きる様々な症状をまとめて「リーキーガット症候群」と呼んだりしています。
アトピー性皮膚炎をはじめとするアレルギーの慢性化にもリーキーガットによるものがあると考えられていて、日本でもアトピー性皮膚炎の背景にカンジダの存在があると考える医師は増えています。
厄介な菌カンジダには、実は抗真菌薬という薬が有効で殺菌が可能です。
しかし体内のカンジダ殺菌のために内服する場合は、医師の管理のもと慎重に用いられます。そのため、症状がよほど重症で、かつ原因が明らかにカンジダなどの真菌であると分かっている場合以外は、安易に抗真菌薬は使われないことがほとんどです。
カンジダは近年の研究でガンの発症にも関わっているともされていて、見過ごして良い菌ではなくなりつつあります。将来このカンジダだけを選択的に殺し、かつ副作用の少ない薬が開発されれば良いのですが、現段階ではカンジダ対策を積極的に行う海外でも、食材選びや食事による菌対策が重要視されています。
第2章:免疫バランスを整えるポイント
